今回も令和3年度8月に行われた公認会計士論文式試験で出された問題(会計学、午後)を解いてみました。
久しぶりに試験問題を見ると、実務ではなかなか見ないような典型的な試験問題もあり、懐かしい気分になりました。
「論文式試験を解いてみた」については別記事もアップしていますのでそちらをご確認ください。
今回は、会計学(午後)の財務諸表論、ストックオプションに関する解説を行なっていきたいと思います!
会計学(午後)財務諸表論(ストックオプションの会計処理)の解答
第4問 問題1 問2
すでに付与したストック・オプションに対して行使価格等の条件変更を行った結果,条件変 更後の公正な評価単価が付与日における公正な評価単価を上回った場合は,その差額を以後の 期間に追加的に配分するが,下回った場合はその差額に対する特段の処理は行わず,付与日現 在の公正な評価単価に基づいた費用計上を継続する。公正な評価単価の下方への変動に対し て,このような規定を会計基準が採用した理由を説明しなさい。
(解答)
ストック・オプションの条件変更後の公正な評価単価が付与日における公正な評価単価を下回った場合についても、上回った場合と同様の会計処理を求めることとすると、条件変更により費用を減額させることになると考えられる。この場合、ストック・オプションの条件を従業員等にとってより価値あるものとすることにより、かえって費用を減額させるというパラドックスが生じることとなる。このパラドックスを回避するために条件変更後においても、付与日における公正な評価単価に基づくストック・オプションの公正な評価額により費用計上を行う、条件変更前からの会計処理を継続することとしている。
第4問 問題1 問3
権利確定条件の変更によってストック・オプション数が変動した場合,その数量の変動に見
合う公正な評価額の変動分はどのように会計処理されるのか。その会計処理方法および会計基
準がその方法を採用した理由を説明しなさい。
(解答)
権利確定条件の変更によってストック・オプション数が変動した場合,ストック・オプション数の変動に見合う、ストック・オプションの公正な評価額の変動額を、以後、合理的な方法に基づき、残存期間にわたって計上する。
これは企業の意図による条件変更の結果、ストック・オプション数に変動が生じた場合には、将来にわたる効果を期待して条件変更を行ったものと考えられるため、その影響額は条件変更後、残存期間にわたって反映させることが適切であると考えられるため。
いかがででしょうか。公認会計士試験の受験生にとっては典型論点かもしれませんね。私も実務で経験があるのでかろうじて覚えていました。
次からストック・オプションについて解説を行って行きたいと思います。名前は聞いたことあるけどどういったものかよくわかっていない方やストック・オプションの会計処理について詳しく知りたい方は是非、チェックしてみてください。
ストック・オプションとは
そもそもストック・オプションとは、自社株式オプションのうち、特に企業がその従業員等(※1)に、報酬として付与するものです。ストック・オプションには、権利行使により対象となる株式を取得することができるというストック・オプション本来の権利を獲得すること(以下「権利の確定」という。)につき条件が付されているものが多く、当該権利の確定についての条件(以下「権利確定条件」という。)には、勤務条件や業績条件があります。
(※1)企業と雇用関係にある使用人のほか、企業の取締役、会計参与、監査役及び執行役並びにこれに準ずる者
ストック・オプションを発行してからの流れとしては以下のようになっています。
1.ストック・オプションの付与
会社が従業員等に対し、あらかじめ定められた金額(これを権利行使価格と言います。)で会社の株式を取得できる権利を付与します。この場合の株式を取得できる権利には、一定期間の勤務や一定の業績の達成などの条件が定められている場合が多いです。
2.権利の確定
ストック・オプションに付されている条件(例えば一定期間の勤務や一定の業績の達成など)が満たされた時にストック・オプション本来の権利を獲得することとなります。
3.権利の行使
その後、会社の株価が上昇した時点において、従業員等はこのストック・オプションを行使(権利行使価格で株式を取得)します。
4.株式の売却
株式を権利行使価格(あらかじめ定められた価格)で取得した従業員等は時価での株式売却を行います。これにより時価と権利行使価格の差額を利益(=報酬)として受け取ることができます。
ストック・オプション導入のメリット
・従業員等のモチベーションアップ
ストック・オプションを付与された従業員等はあらかじめ定められた金額(権利行使価格)で株式を取得ことができるため、会社の株価が上がれば上がるほど、従業員等が受け取れる報酬が大きくなります。
自分の働きが会社の業績を向上させ、その結果、会社の株価が上がれば従業員等への報酬もアップするため会社と従業員等のWin -Winの制度といえるでしょう。
・優秀な人材の確保、流出を防ぐことができる
ストック・オプションは従業員等に対する報酬の一つでありますが、会社が現金として支払いを行うものではないため、上場を予定しているベンチャー企業や現時点で現金に余裕のない会社でも優秀な人材に対するインセンティブを与えることができ、人材の確保、流出を防ぐことができるのです。
ストック・オプション導入のデメリット
・導入に向いている会社は限られている
どんな会社でもこのストック・オプション導入に向いているわけではありません。株式を市場で売却することができる前提の制度のため、株式上場(IPO)を目指している会社やすでに上場している会社向けの制度となります。また上場会社であっても業績が安定しているような会社は株価が大幅に上昇する見込みがないためストック・オプション導入には向いていないかもしれません。
ストック・オプションの会計処理(仕訳)
ここからは、ストック・オプション導入からの一連の会計処理について解説していきます。
先ほどのストック・オプションの説明でお話しした通り、ストック・オプション発行からの流れとしてはストック・オプションの「付与」、「権利確定」、「権利行使」、「株式売却」がありますが、「株式売却」については取得した側の従業員等が行うものであり、会社側では会計処理(仕訳)は不要です。その代わりに「権利の失効」時点における会計処理(仕訳)が必要になります。
それでは設例を持って仕訳を見ていきましょう!
(設例)
A社は、X3年6月の株主総会において、従業員のうちマネージャー以上の者75名に対して以下の条件のストック・オプション(新株予約権)を付与することを決議し、同年7月1日に付与した。
- ストック・オプションの数:従業員1名当たり160個(合計12,000個)であり、ストック・オプションの一部行使はできないものとする。
- ストック・オプションの行使により与えられる株式の数:合計12,000株
- ストック・オプションの行使時の払込金額:1株当たり75,000円
- ストック・オプションの権利確定日:X5年6月末日
- ストック・オプションの行使期間:X5年7月1日からX7年6月末日
- 付与されたストック・オプションは、他者に譲渡できない。
- 付与日におけるストック・オプションの公正な評価単価は、8,000円/個である。
- X3年6月のストック・オプション付与時点において、X5年6月末までに7名の退職による失効を見込んでいる。
- X5年6月末までに実際に退職したのは、5名であった。
- 年度ごとのストック・オプション数の実績は以下のとおりである。
未行使数 (残数) | 失効分 (累計) | 行使分 (累計) | 適用 | |
付与時 | 12,000 | ー | ー | |
X4/3期 | 11,840 | 160 | ー | 退職者1名 |
X5/3期 | 11,520 | 480 | ー | 退職者2名 |
X6/3期 | 8,000 | 800 | 3,200 | X5/4〜6の退職者2名 行使20名 |
X7/3期 | 4,000 | 800 | 7,200 | 行使25名 |
X8/3期 | ー | 1,120 | 10,880 | 行使23名、失効2名 |
【ストック・オプションの付与 (X3/7/1)】
ストック・オプション付与時には会計処理は必要ありません。
この時点ではストック・オプション付与したのみで、何も業績に影響を与えていないためです。
(借方) | (貸方) | ||
仕訳なし |
【決算期末日 (X4/3/31)】
付与日から各決算期末において、仕訳が必要になります。
このストック・オプションは権利確定日がX5年の6月末日となっており、ここまでの勤務が権利確定の条件となっています。そのため付与日から権利確定日までの期間にわたって費用を計上する必要があるのです。
(借方) | (貸方) | ||
株式報酬費用 | 32,640千円 | 新株予約権 | 32,640千円 |
(注)8,000円/個×160個/名×(75名ー7名)×9ヶ月/24ヶ月=32,640千円
・ 期末時点において、将来の失効見込みを修正する必要はないと想定している。
・対象勤務期間:24月(X3年7月− X5年6月)
・対象勤務期間のうちX4年3月末までの期間:9月(X3年7月− X4年3月)
(X5/3/31)の決算期末日も同様の考え方により株式報酬費用と新株予約権を計上(43,520千円)します(将来の失効見込みを修正する必要がない場合)。
【権利確定】
権利確定時においても仕訳が必要となります。権利確定時には退職者数も確定しているため、計上すべき費用の合計も確定します。確定した合計費用からX4年度、X5年度に計上した費用を控除した金額となります。
(借方) | (貸方) | ||
株式報酬費用 | 13,440千円 | 新株予約権 | 13,440千円 |
(注)8,000円/ 個×160個/ 名×(75名−5名)×24月/24月−(32,640千円+43,520千円)=13,440千円
【権利行使】
(新株を発行する場合)
(借方) | (貸方) | ||
現金預金 | 240,000千円 | 資本金 | 265,600千円 |
新株予約権 | 25,600千円 |
(注1) 払込金額
75,000円/ 株×160株/ 名×20名=240,000千円
(注2) 行使されたストック・オプションの金額
8,000円/ 個×160個/ 名×20名=25,600千円
【権利失効】
新株予約権のうち、権利行使期間中に権利行使されなかった(権利不行使による失効)分については、新株予約権戻入益として利益に計上します。
(借方) | (貸方) | ||
新株予約権 | 2,560千円 | 新株予約権戻入益 | 2,560千円 |
(注)8,000円/ 個×160個/ 名×2名=2,560千円
税務上の処理(取得者側にかかる税金)
ストック・オプションの取得者側にかかる税金は、ストック・オプションの種類によって異なります。
税制適格ストックオプションとは、租税特別措置法に定める要件(※)を満たしたストックオプションのことです。
権利行使時点から権利行使による取得株式の売却時点まで課税を繰り延べることができ、従業員等の資金負担が少なく、ベンチャー企業や中小企業で多く取り入れられています(税制適格ストック・オプションは取得者側で行使時に課税されないことから発行する会社でも損金算入できないので注意です)。
(※)要件
・発行価額:無償発行
・行使価額:発行時の時価以上
・付与対象者:会社及びその子会社の取締役、執行役、使用人
・権利行使期間:付与決議後、2年を経過した日から10年を経過する日まで
・権利行使限度額:年間1,200万円まで
・譲渡制限:あり
・保管委託:証券会社または金融機関等による保管、管理信託等
まとめ
・ストック・オプションは会社が従業員や取締役に対して、会社の株式を予め定めた価額(権利行使価額)で将来取得する権利を付与するインセンティブ制度
・導入のメリットは社員のモチベーションアップ、優秀な人材の確保、流出を防ぐこと
・導入に向いている会社は株式上場(IPO)を目指している会社やすでに上場している会社であり、限られている
・会計処理として付与日から権利確定日の間で費用計上を行う必要がある
・ストック・オプション取得側の課税は種類別、タイミング別に課税が異なる
いかがでしたでしょうか。今回はストック・オプションの会計処理について解説してみました。
実際の実務では、非上場会社におけるストック・オプションの公正価値の評価の算定がとても複雑なものとなっており、職業専門家(アクチュアリー)に依頼するケースもあります。
ご質問は、コメント欄、質問箱(https://peing.net/ja/kaikei_sodan)までよろしくお願いします!
ではでは!