今回も金融商品会計について解説していきます。テーマは「ヘッジ会計」についてです。
外貨建ての金融資産・負債について為替リスクに対応するために為替予約を付したり、デリバティブ取引を行った時には「ヘッジ会計」が適用されます。
この「ヘッジ会計」については適用要件や会計処理方法が基準で定められていますが、ちょっとややこしいので苦手意識を持っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
簿記の試験や実務においてもそれほど頻出する論点ではないですが、きちんと理解していきましょう。
なお、前回の記事で金融商品会計の全体像について解説していますので、よろしければこちらも確認してみてください。
ヘッジ会計の考え方
まずはヘッジ取引とはどのような取引であるかについて確認していきます。
ヘッジ取引とは、対象の資産もしくは負債に関する価格変動や金利変動、為替変動といった相場変動による損失の可能性を減殺することを目的とし、その手段にデリバティブ取引を用いる取引のことを言います。
デリバティブ取引の例としては以下が挙げられます。
【先物取引】 ・株価指数先物 ・為替予約 ・商品先物 など 【オプション取引】 株価オプション 金利オプション 通貨オプション など 【スワップ取引】 金利スワップ 通貨スワップ など
オプション取引とは「選択権」を売買する取引のことを言います。
例えば、株価オプションであれば3ヶ月後にA株式を1株10,000円で購入できる権利のことを指します。
この時、購入するか否かは自由に選択することができますので、3ヶ月後の市場価格が12,000円であればオプションを行使して10,000円で購入すれば利益を得ることができます。
反対に3ヶ月後の価格が8,000円であれば権利を放棄して、市場価格で購入するのがお得になります。
また、スワップ取引とは「交換取引」のことを言い、例えば金利スワップであれば変動金利を固定金利に交換し、金利変動リスクを抑えることが出来るようになります。
ヘッジ会計適用の要件
ヘッジ会計を適用する場合にはいくつかの要件を満たす必要があり、事前テストと事後テストの実施が求められています。
【事前テスト】 (1)ヘッジ取引開始時における文書化 ヘッジ取引の開始時に以下の事項を正式な文書で明確にしておく必要があります。 ■ヘッジ手段とヘッジ対象 ヘッジ対象のリスクには価格変動、為替変動、金利変動と様々なものがあるため、リスクを明確にした上で、どのヘッジ手段を用いるかを明確にする必要があります。 ヘッジ対象とヘッジ手段の対応関係の例としては外貨建取引の為替変動リスクに対して、為替予約、通貨オプション取引、通貨スワップ取引をヘッジ手段に用いることが考えられます。 ■ヘッジ有効性の評価方法 ヘッジ開始時点において相場変動やキャッシュ・フロー変動の相殺の有効性を評価する方法を明確にしておく必要があります。 企業は、ヘッジ期間を通して一貫して当初決めた有効性の評価方法を用いてそのヘッジ関係が高い有効性をもって相殺が行われていることを確認しなければいけません。 (2)企業のリスク管理方針に関して明確な内部規定及び内部統制組織を整備すること 具体的にはヘッジのためのデリバティブ取引を実行する部門とは分離されたリスク管理の部門を設けて、ヘッジ取引の実行を適切に管理するシステムが確立されている必要があります。 営業部門とは別にバックオフィスの部門でヘッジ取引を管理していかないとヘッジ会計の適用が出来ない、ということですね。
【事後テスト】 事前テストの実施を前提として、ヘッジ取引開始後も継続してヘッジの指定期間中に高い有効性が保たれていることをテストする必要があります。具体的には以下の2点が必要となります。 ・少なくとも6ヶ月に一度はヘッジの有効性の評価を行わなければいけない ・ヘッジ有効性の評価は、文書化されたリスク管理方針・管理方法と整合性を保たなければいけない
ヘッジ会計の適用には上記2つのテストが必要となりますので、取引開始前にきちんと社内制度を整えておくことが重要です。
また、ヘッジ有効性の判定基準としては、ヘッジ対象の相場変動とヘッジ手段の相場変動による変動額を基礎として判定を行います。具体的には両者の変動額の比率がおおむね80%〜125%までの範囲内であれば、ヘッジ対象とヘッジ手段との間に高い相関関係があると認められます。
ヘッジ有効性の評価について設例を用いて確認すると以下のようになります。
【前提】
・B社(3月決算)は、3か月後に変動金利(ユーロ円ベース:LIBOR+0.5%)による100億円の借入れを予定している。
・借入れの金利変動リスクを回避するため、2月1日にヘッジ効果の事前確認により LIBORとの高い相関が見込まれた日本円短期金利先物(100契約)をヘッジ指定した。
ヘッジ会計の原則的な処理(繰延ヘッジ)
ヘッジ会計の要件を満たしたヘッジ取引については、繰延ヘッジを適用するのが原則的な会計処理となります。
繰延ヘッジとは、時価評価されているヘッジ手段に係る損益又は評価差額をヘッジ対象にかかる損益が認識されるまで繰延べる方法です。繰延ヘッジには税効果会計が適用されますので、税効果を調整した上で、評価差額を「繰延ヘッジ損益」勘定で純資産の部に計上することがポイントとなります。
具体的な設例を用いて仕訳を確認していきましょう。
【前提条件】※3月決算の会社とし、簡略化のため税効果は考慮しない
・2021年3月1日に為替予約を締結(決済日は2021年5月31日)
・2021年4月1日に100ドルの売上を計上(売掛金の決済日は2021年5月31日)
○為替レート推移
為替予約日 2021/3/1 | 決算日 2021/3/31 | 売上日 2021/4/1 | 決済日 2021/5/31 | |
直物為替レート | 115 | 112 | 110 | 105 |
先物為替レート | 110 | 108 | 105 | – |
○ヘッジ手段の仕訳
勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 | |
決算日 2021/3/31 | 為替予約 | 200 | 繰延ヘッジ損益 | 200 |
決済日 2021/5/31 | 現金預金 繰延ヘッジ損益 | 500 200 | 為替差損益 為替予約 | 500 200 |
決算日時点では為替差損益を認識せず、繰延ヘッジ損益勘定を用いて純資産の部に損益を繰延べます。
決済が行われたタイミングで初めて損益が認識されるようになりますので、決算日をまたぐ場合には、その時点の為替差損益を認識しないように上記のように仕訳をしましょう。
繰延ヘッジの例外的処理(時価ヘッジ)
ヘッジ会計には例外的な処理として、ヘッジ対象に係る相場変動を損益に反映させることが出来る場合に、ヘッジ手段に係る損益も同一の会計期間に認識する方法があります。この方法は時価ヘッジと呼ばれ、諸外国の会計基準で採用されていることから日本基準でも認められています。
なお、現行基準で時価ヘッジが認められるヘッジ対象はその他有価証券のみとなっています。
その他有価証券の評価差額は純資産の部に「その他有価証券評価差額金」として計上されますが、時価ヘッジが適用された場合には、損益計算書に「投資有価証券評価差額」を計上することとなります。
こちらも設例を用いて確認していきましょう。
【前提】※3月決算の会社とし、簡略化のため税効果は考慮しない
・その他有価証券(簿価:1,000円)を保有しており、相場変動のリスクに備え、2021年3月1日に同一銘柄・同一数量の有価証券について先渡契約を締結した
・先渡契約の決済日は2021年5月31日、決済価額は1,000円である
・2021年5月31日に保有している有価証券を600円で売却し、先物契約について差金決済を実施
○その他有価証券の時価推移
先物契約締結日 2021年3月1日 | 決算日 2021年3月31日 | 決済日 2021年5月31日 | |
現物の有価証券時価 (ヘッジ対象) | 1,000 | 800 | 600 |
先物契約時価 (ヘッジ手段) | – | +200 | +400 |
○ヘッジ対象の仕訳
勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 | |
決算日 2021/3/31 | その他有価証券評価損益 (PL) | 200 | その他有価証券 | 200 |
翌期首 2021/4/1 | その他有価証券 | 200 | その他有価証券評価損益 (PL) | 200 |
決済日 2021/5/31 | 現金預金 その他有価証券売却損 | 600 400 | その他有価証券 | 1,000 |
○ヘッジ手段の仕訳
勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 | |
決算日 2021/3/31 | 先物契約 | 200 | 先物契約損益 (PL) | 200 |
決済日 2021/5/31 | 現金預金 先物契約損益 | 400 200 | 先物契約損益 先物契約 | 400 200 |
時価ヘッジの場合には決算日時点でヘッジ対象とヘッジ手段それぞれについて、損益計算書に評価差額が計上され、結果としてPL影響額が相殺されることとなります。
まとめ
如何でしたでしょうか。
ヘッジ会計の適用にあたっては取引開始前から適用の準備を行う必要がありますので、要件を事前に確認するのが非常に重要と言えますね。
今回のポイントをまとめると以下となります。
・ヘッジ会計の適用にあたってはヘッジに関する文書化、リスク管理部門の設定といった内部統制の整備が必要
・ヘッジ取引開始後も6ヶ月に1度は有効性の評価を行う必要がある
・ヘッジ有効性の判定基準は、ヘッジ対象・ヘッジ手段の相場変動額の比率がおおむね80%〜125%までの範囲内であること
・原則的な会計処理方法ではヘッジによる評価差額を純資産の部に繰延べる
・その他有価証券をヘッジ対象とする場合には例外的に時価ヘッジも認められている
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それでは、さようなら。